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大阪地方裁判所 平成4年(モ)51289号 決定 1992年10月21日

債権者

株式会社鹿児島銀行

右代表者代表取締役

上田格

右訴訟代理人弁護士

野田健太郎

債務者

豊山浩一

右訴訟代理人弁護士

岡田尚明

主文

一、債権者と債務者間の大阪地方裁判所平成四年(ヨ)第五五八号不動産仮差押命令申立事件につき、同裁判所が平成四年三月四日になした仮差押決定は、これを認可する。

二、訴訟費用は債務者の負担とする。

理由

第一、申立て

一、債務者の保全異議の申立て

1. 主文第一項記載の仮差押決定(以下「本件仮差押決定」という。)を取り消す。

2. 債権者の本件仮差押命令申立てを却下する。

3. 訴訟費用は債権者の負担とする。

二、保全異議の申立てに対する債権者の答弁

主文と同旨

第二、事案の概要

一、前提事実

1. 債権者は、申立外徳之島興産株式会社(以下「徳之島興産」という。)との間の昭和五七年三月二〇日付の銀行取引約定書(以下「本件約定書」という。)に基づき、同日、徳之島興産に対し、左記約定で金二〇〇〇万円を貸し渡した(以下「本件貸金」という。甲一、二、八、一一、一二、一三)。

(一)  返済期限昭和六二年三月二六日

(二)  利息年九・五パーセント

(三)  遅延損害金年一四パーセント

(四)  手形交換所の取引停止処分を受けた時は、当然に期限の利益を喪失する。

2. その後徳之島興産は、昭和五八年一〇月二八日、銀行取引停止処分を受けたので、本件貸金につき期限の利益を喪失し、債権者は、徳之島興産に対し、本件貸金残元本金一二一九万七〇一六円及び本件貸金に対する昭和五八年四月二七日から平成三年一一月一二日までの利息と遅延損害金合計金一八四六万一一一〇円を有する(甲六ないし八、審尋の全趣旨)。

二、債権者の主張

1. 債権者は、債務者が本件約定書(甲一、甲一一)及び本件貸付にあたって作成された金銭消費貸借契約証書(甲二、甲一三)において、本件貸金につき、徳之島興産と連帯して保証する旨を約したので、債務者に対し、本件貸金につき徳之島興産に対して有する元利金債権と同額の連帯保証債務履行請求権を有するとして、本件仮差押命令申立てをした。

2. 本件貸金につき、昭和五八年一〇月二八日以降五年の消滅時効が進行したとしても、債権者は、昭和六二年五月二七日、本件貸金の物上保証人である申立外益田豊成の担保物件につき、競売申立てをなし、同年七月一三日に競売開始決定がなされ、その決定正本が主債務者である徳之島興産に送達されているので、民法一五五条により消滅時効は中断し、その中断の効果は連帯保証人である債務者にも及んでいる(民法四五七条一項)。仮に、徳之島興産に対する競売開始決定正本の送達の効力が時効完成後の平成元年七月二一日に生じたとしても、時効期間内に差押えがなされれば、その後に主債務者に対して右決定正本の送達がなされることを条件に主債務者に対する関係でも時効中断の効力が生ずると解すべきである。

3. 仮に消滅時効が完成したとしても、その後債務者は、平成四年四月ころ、債権者の担当者に対し、本件貸金につき、金五〇〇万円の弁済とその余の債務の免除を提案するなどして、その連帯保証債務を承認しており、信義則上時効を援用することは許されない。

三、債務者の主張

1. 債務者は、本件約定書や金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として署名したことはなく、また本件約定書の債務者の印影部分には二本の斜線が記載され、抹消されているなど、本件貸金につき、債権者との間で連帯保証契約を締結したことはない。

2. 仮に連帯保証契約の存在が認められるとしても、本件貸金については、期限の利益を喪失した昭和五八年一〇月二八日の翌日から五年を経過した昭和六三年一〇月二八日の経過により消滅時効が完成し、債務者に対する連帯保証債務履行請求権は時効により消滅しているので、これを援用する。

3. 本件貸金の物上保証人である申立外益田豊成の担保物件につき、競売開始決定がなされたとしても、時効完成後の平成元年七月二一日に至って徳之島興産に対する右決定正本の送達の効力が生じているので、時効は中断されていない。

4. 債務者は、平成四年四月、債権者の担当者に対し、本件仮差押えの解放を受けるため示談の打診をしたことはあるが、本件貸金の連帯保証債務を承認したことはなく、消滅時効を援用したとしても、信義則に反するものではない。

四、争点

1. 債務者は、本件貸金につき、債権者との間で連帯保証契約を締結したことがあるか。

2. 本件貸金の消滅時効につき、中断の効力が生じたか。

3. 債務者は、消滅時効完成後、連帯保証債務を承認したことにより、信義則上時効を援用することが許されないか。

第三、争点に対する判断

一、争点1(連帯保証契約の存否)について

1. 本件約定書及び金銭消費貸借契約証書の債務者名義の印影が、債務者の実印によるものであることは債務者も争わない。(なお本件約定書の連帯保証人欄の債務者名義の印影が抹消されているが、審尋の全趣旨によると、これは実印ではなく、認印が誤って押捺されたため、これを抹消して改めて欄外に債務者の実印が押捺されたものと認められる。)

2. 甲第九、第一四号証によると、債権者の担当者は、昭和五七年三月一六日、債務者の自宅に電話をかけて保証意思の確認をしていることが認められる。

3. 甲第一五号証、第一六号証の一、二、乙第二号証の一、二によると、徳之島興産が昭和五八年五月以降毎月の約定返済金の支払いを怠っていたので、債権者の担当者は、債務者に対し、同年九月五日付督促状(乙二の1)を発送したところ、債務者から債権者の担当者に対し、同月九日、「よく事情が分からぬうちに保証人になった。徳之島興産に資産があるので、それで回収すればよい。」旨の電話連絡をし、また債務者は、同月一三日、債権者大阪支店を訪れ、「徳之島興産の代表者の所在は知らない。徳之島興産に資産があるはずであり、現在これを調査中である。」と言い、特に連帯保証人となっていることを否定するような発言はなかったことが認められる。

4. 乙第一号証、参考人徳留龍一の審尋の結果によると、債権者大阪支店の行員である申立外徳留龍一(以下「徳留」という。)が平成四年四月七日、債務者方を訪問して代位弁済を求めたところ、債務者が金五〇〇万円の弁済を申し出るなど、連帯保証債務を否定するような発言はなかったことが認められる。

5. 右事情に照らすと、本件約定書及び金銭消費貸借契約証書の各連帯保証人欄の債務者名義の署名が、債務者によるものとは認められないとしても、本件貸付がなされた当時、債務者は、徳之島興産を連帯保証する意思を有していたというべきであり、これに基づいて右各書面が作成されたということができる。

6. 債務者は、徳之島興産の代表者であった申立外益田宗児から同社の親会社であった申立外益田稔子株式会社の中小企業金融公庫からの借入の保証を依頼されたときに印章を預けたことがあり、その際に冒用されたと主張し、これを裏付ける供述をするが、前掲疎明資料に照らしてにわかに信用することができない。

7. よって、債務者は、本件貸金につき、債権者との間で連帯保証契約を締結したというべきである。

二、争点二(時効の中断の有無)について

1. 本件貸金は商事債権であるから、期限の利益を喪失した昭和五八年一〇月二八日の翌日から五年の消滅時効が進行し、昭和六三年一〇月二八日の経過をもって完成することになる。

2. 本件疎明資料(乙三、四の一及び二、五)によると、債権者は、昭和六二年七月一一日、本件貸金の物上保証人である申立外益田豊成の担保物件につき、競売申立てをなし〔鹿児島地方裁判所名瀬支部昭和六二年(ケ)第四三号〕、そのころ競売開始決定がなされ、その決定正本は、公示送達の方法で徳之島興産に送達され、その効力は平成元年七月二一日に生じたことが認められる。

3. そうすると、競売開始決定の正本は、時効完成後に主債務者である徳之島興産に送達されているのて、本件貸金の消滅時効は、中断されることなく、完成しているというべきである。

4. なお債権者は、徳之島興産に対する競売開始決定正本の送達の効力が時効完成後の平成元年七月二一日に生じたとしても、時効期間内に差押えがなされれば、その後に主債務者に対して右決定正本の送達がなされることを条件に主債務者に対する関係でも時効中断の効力が生ずると解すべきであると主張するが、これは、民法一五五条の明文に反する解釈であるから、右主張は採用することができない。

三、争点3(時効完成後の債務承認)について

1. 乙第一号証、参考人徳留龍一の審尋の結果によると、徳留は、本件仮差押決定の正本が債務者に送達された後である平成四年四月七日、債務者の自宅を訪問し、同人に対して本件貸金につき、連帯保証人として弁済をするように求めたところ、債務者は、金五〇〇万円の弁済とその余の債務の免除を申し出たこと、その後債務者は、右徳留に対し、同月二一日、電話で「すべてについて弁護士に依頼したので、私がこれまで話したことはなかったことにしてもらいたい。」と述べたことが認められる。

2. 債務者の右四月七日の言動は、本件貸金の連帯保証債務を認めたうえでの示談の提案と理解され、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、また債権者においても、右言動から債務者がもはや時効を援用しないものと考えるのであって、このような場合時効の援用を認めないのが信義則に照らして相当というべきである。

3. 債務者は、連帯保証債務を承認したことはなく、ただ本件仮差押えを解放してもらうため、示談を打診したのみであると主張するが、参考人徳留龍一の供述に照らし、にわかに信用することができない。

四、以上によると、債権者の本件仮差押命令申立ては理由があるので、本件仮差押決定を認可し、訴訟費用の負担につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

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